持光寺前踏切、怖いっすねw


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words=’坂の街、尾道を象徴する踏切道の一つですな。線路渡ったらすぐ階段の道です。上から見ると異様な光景ですわ。怖いですね~。そういえば、広島出身で今や海外のメタラーから世界のヘヴィメタルクイーンとまで称されるSU-METALこと中元すず香さんがまだアイドル「すぅちゃん」だった頃にここで撮影した写真、ありましたな~(←急に何を言い出すw)。この階段の上の方にある「二階井戸」も有名ですな。’
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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    持光寺(じこうじ)は、広島県尾道市西土堂町にある浄土宗西山禅林寺派の寺院。山号は日輪山。院号は金剛台院。本尊は阿弥陀如来。この寺の創建年代等については不詳であるが、もとは天禅寺と号する天台宗の寺院であったが、室町時代前期から中期にかけて浄土宗に改宗したという。絹本著色普賢延命像- 平安時代末期。寸法は146.0×85.0センチ。長寿などを祈願する修法である普賢延命法の本尊画像である。普賢延命菩薩像には2臂像と20臂像があるが、本画像は20臂像であり、密教図像集『別尊雑記』所載の図像に近い。菩薩像は五仏宝冠を戴き、4頭の白象が支える蓮華座上に坐す。白象の頭上にはそれぞれ1体ずつの四天王像を表す。菩薩の肉身は白色で、輪郭には朱線を用い、朱色の隈取りを施す。着衣や台座蓮弁などには繧繝彩色(濃色から淡色へ、層をなすように彩色する技法)を用いるが、截金文様は用いていない。作風・技法には次の鎌倉時代にかけての過渡期的様相がうかがわれる。修理時に絵絹の裏に「延命像仁平三年四月廿一日供養」の墨書が発見され、平安時代末期、仁平3年(1153年)の作であることが知られる。平安時代の仏画のうち、制作年代の明らかな基準作として貴重である。

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