湖南市

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湖南市(滋賀県)の「フタw」Part4

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湖南市(滋賀県・湖南地域)の「マンホール蓋=街のフタw」その4です。(撮影or提供/はぐれメタルキング様)

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Screenshot湖南市

湖南市(こなんし)は、滋賀県の南部に位置する市である。2004年10月1日に、甲賀郡石部町と甲西町が合併して新たに誕生した。旧甲賀郡の北西部を占める。市の南北に阿星山系、岩根山系を擁し、中心部を東西に野洲川が流れる。「湖南」という名を冠しているが、これは大津市南部から旧甲賀郡にかけてを指す広域地名であり、湖南市域は琵琶湖と接していない。野洲川に沿うように国道1号とJR草津線が走り、東西交通の要衝となっている。江戸時代には東海道51番目の宿場町である石部宿が栄えた。しかし、保存活動等をしてこなかったため、当時の面影は残っていない。戦後は、高度経済成長とともに、隣接する栗東市(当時:栗東町)に造られた名神高速道路栗東インターチェンジと竜王町に造られた竜王インターチェンジを活用して、県内最大の工業団地である「湖南工業団地」が造成され、産業構造が第二次産業に大きくシフトした。市の人口の半分は第二次産業人口である。滋賀県は相対的に県南部が人口の増加傾向、県北部は減少傾向が見られるが、位置的には県南部である湖南市は甲賀市とともにここ数年来は人口が緩やかに減少傾向である。市内にある3つの寺院(善水寺・常楽寺・長寿寺)は、本堂や三重塔が国宝に指定されており、「湖南三山」として、観光PRしている。市観光協会を中心に「こにゃん市」と銘打った町おこしを行っている。2011年4月、市内在住者の飼い猫17匹から「市長」を選ぶ「こにゃん市長選挙」がインターネット上で行われ、初代こにゃん市長には「ぎん」が選ばれた(副市長は「にゃんちゅう」)。6月には「こにゃん市議会議員選挙」が行われ、センターで保護されている猫6匹が「市議」に選ばれた。滋賀県南部のやや東寄りに位置し、旧甲賀郡の西端に属する。心臓のような形をした市域の南北は、落ち着いた山並みに囲まれており、琵琶湖に注ぐ最大の河川である野洲川が東西に流れ、市域を南北に分断している。そのため、市の中心部が狭窄域となり、周囲から流入する自動車の渋滞が起こりやすい。市の南部を西日本旅客鉄道(JR西日本)の草津線が東西に走る。草津線は、1889年に関西鉄道として三雲駅・草津駅間が開通、翌1890年に三雲駅・上柘植駅間が開通し、1906年の鉄道国有法に基づき1908年国有化された。市内の駅は三雲駅、甲西駅、石部駅だが、このうち甲西駅は1981年のびわこ国体に合わせて設置された請願駅である。草津線は単線だが、三雲駅と石部駅には行き違い設備がある。現在、草津線複線化前の甲西駅への行き違い設備の整備を「草津線複線化促進期成同盟会」で検討。甲西駅は市の中心駅であるため、早期の整備が求められている。石部町(いしべちょう)は、かつて滋賀県甲賀郡に存在した町。2004年10月1日に、同郡甲西町と合併して湖南市(こなんし)となり消滅した。江戸時代には東海道五十三次の石部宿が位置した。1872年(明治5年)4月7日、当時の戸籍法に基づいた区の設置により石部村・東寺村・西寺村・柑子袋村・平松村・針村・夏見村・吉永村・三雲村・岩根村・朝国村・菩提寺村・正福寺村の13村が甲賀郡第1区となった。甲賀郡には第10区まで置かれた。滋賀県では戸籍法による区の設置後も町村の機能を残して行政運営を行っていた。1878年(明治11年)には戸籍法制定時に設けた区を廃止。翌年の1879年(明治12年)5月16日、町村を行政組織の末端と規定する郡区町村編制法が施行。1885年(明治18年)7月1日、「連合戸長役場」が石部村に設置され、石部村・東寺村・西寺村を管轄した。1889年(明治22年)4月1日の町村制施行時には3村の区域をもって石部村が発足。1903年(明治36年)6月1日には町制を施行し、人口は3,436人で、滋賀県で12番目の町となった。1941年(昭和16年)には、戦時政策として、三雲村の一部(柑子袋・平松・針)、岩根村の一部(菩提寺・正福寺)との合併が検討されたが実現しなかった。1953年(昭和28年)に市町村合併促進法が制定され、県甲賀地方事務所は、本町と三雲村・岩根村・下田村の4町村の合併を提案したが、下田村は中学校建設問題、蒲生郡苗村・鏡山村との合併が視野にあることを理由に脱退した。また、本町が新町名に石部町、仮庁舎・本庁舎とも石部を主張したのに対し、三雲村と岩根村は役場位置を3町村の中間地点に置くべきと主張して議論は平行線をたどり、三雲村・岩根村の2村が1955年(昭和30年)4月10日に合併して甲西町となった。その後、1959年(昭和34年)11月には、石部町と甲西町は合併すべしという内閣総理大臣勧告があったにもかかわらず、実現しなかった。そのため、本町は町村制施行から平成に至るまで合併を経ず、1986年(昭和61年)2月には人口が1万人を突破した。

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