守山市

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守山市(滋賀県)の「フタw」Part3

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守山市(滋賀県・湖南地域)の「マンホール蓋=街のフタw」その3です。(撮影or提供/わらいぶくろ様)

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ゲンジボタルと琵琶湖大橋が描かれているカラー蓋
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WikiPedia
Screenshot守山市

守山市(もりやまし)は、近畿東部、滋賀県の南部に位置する市である。「守山」とは、琵琶湖の対岸に位置する御山(比叡山)を守る寺であった東門院に由来するという説がある。縄文時代から弥生時代の古代遺跡が多くあり、特に弥生期の巨大集落跡は、クニの初めを知る貴重な遺跡として注目されている。壬申の乱以降東西交通の要衝として、野洲川が度々戦場となった。室町時代には一向宗門徒の近江国における拠点ともなり、また足利義昭の矢島御所(守山市矢島町)も設けられた。江戸時代は、中山道を代表する宿場町の一つとして栄え、近年京都・大阪のベッドタウンとして高い人口増加率を保持している。住みよさランキング2010年版(東洋経済)では、守山市が近畿ブロック1位を獲得、全国総合ランキングでも10位となった。鈴鹿山系から流れ出る野洲川が琵琶湖に注ぐ扇状地の南側に位置する。野洲川の流れに沿い川上から川下にかけ緩やかな斜面を形成するが標高差は20m程度でほぼ平坦地、かつては都賀山などの地名があるが、現在は山や丘と言った地形は認識されない。古来より益須の醴泉が紹介される通り、鈴鹿山系からの湧水と豊かな野洲川の流れにより、水に恵まれた土地であった。ただし、他の琵琶湖沿岸部同様に、過去においては度々起きた川の氾濫や琵琶湖水位の上昇で被害を被った。市南部を南西から北東に江戸時代当時の中山道が横切り、守山は「京立ち守山泊り」と言われる通り、江戸時代中山道の主要な宿場として栄え、今でも旧中山道には昔ながらの家並みが残っている。旧中山道の東南に東海道本線が走り、境を越え栗東市内に東海道新幹線・国道1号から分岐して国道8号・名神高速道路がほぼ並行して走っている。また、滋賀県道11号守山栗東線が栗東市より野洲川沿い、守山市南東より北に向けてレインボーロードとなり、琵琶湖大橋を通じ堅田へとつながる。市中心部は東海道本線守山駅の北から西にかけて旧中山道沿いへと広がる。「市役所」等行政施設や「守山市民運動公園」は更に旧中山道を越した地域にあり、琵琶湖沿岸部には「みさき自然公園」や「佐川美術館」等と言ったレクリエーション施設や文化施設がある。

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自分の地元・ご当地にも素敵なデザイン(に限りませんがw)のマンホール蓋があるのに掲載されてない!
街おこしや地域活性化の一助として様々なところにリンク付きで掲載してPRしたい!
などとお考えでしたらぜひ当サイトに掲載させてください。画像添付ができるコメント欄からもお気軽にどうぞ。
ご希望があれば本文や掲載文とともにPRコメントも掲載させていただきます。

一応、マンホール蓋に限らず、消火栓や量水器の蓋などで外見が「フタ」な路上設置物が原則です。
表面がコンクリート製などのものは除かせて下さい。

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