土佐電気鉄道安芸駅跡の、カリヨン広場とカリヨン時計。

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words=’ごめん・なはり線の球場前駅の海側にあるカリヨン広場、ここは1974年(昭和49年)4月1日に廃止となった土佐電気鉄道安芸線の終点駅、安芸駅の跡地でございます。近年まで駅舎が残されていたそうなんですが、今ではこのように広場として再生されております。時計台兼カリヨンが、その名もカリヨン時計(←そのまんまやんけw)として置かれています。脇の防波堤は近年まで日本一高い防波堤だったらしいですな。’
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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    安芸線(あきせん)は、かつて高知県南国市内の後免駅と安芸市内の安芸駅とを結んでいた、土佐電気鉄道(現・とさでん交通)の鉄道路線である。一部の列車は軌道線の後免線・伊野線や、国鉄土讃本線に乗り入れていた。廃止後は、一部に阿佐線(ごめん・なはり線)の建設用地や、トンネル等も含めてサイクリングロード(高知県道501号高知安芸自転車道線)として使用されている区間もある。代替交通として土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線のほか、高知東部交通のバス路線の安芸 – 高知線が運行されている。電化工事は、終戦後の困難な条件のもと行われた。後免町駅には吉田茂の起草になる電化記念碑(日本語と英語を併記)が建立され、GHQに対する謝辞が記されている。この碑は安芸線廃止後の現在も残されている。終点の安芸駅は、現在の土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線球場前駅付近にあった。安芸市の中心部には線路を延ばせなかった。阪神の中古車両が走っていたこと、終点の安芸駅近くに阪神タイガースがキャンプを張る安芸市営球場があったことから、阪神とは縁の深い路線であった。土佐電鉄後免町駅構内には、安芸線に接続していた線路が残っていた。しかし、待合所建替えで一部残っていた安芸線の線路も完全に撤去され、後免町駅に残る遺構は安芸線電化開業記念碑ぐらいになった。

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