幼い頃の記憶が残る雁木(尾道市)

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DoraNeko

どうでもいい記憶の中の光景なんですが。とても幼い頃の記憶が脳内の片隅に残っていて、偶に何かの拍子に瞼に浮かぶことがございます。それがここなのかどうか今となっては定かではございませんが、広島県内の何処かであることは間違いございません。夏休みの間に連れられて来た広島県内の何処かで、朝方に体調が悪くなりその日のみ親戚だか何処か、宿泊していたところで夕方まで別の親戚かどこかに行った一同に一人だけ置いて行かれたことがありましてね。昼過ぎに体調が戻ったので、することがないからその家の人に告げたうえで夕刻近くまで海を岸から眺めていたんですよね。広い海ではなくて、目前は島のようでした。だから、ここかあるいは呉に近い小屋浦か、のどちらかだったんだろうと推測しています。潮の満ち引きが見れたってことを明確に覚えています。それってここの可能性が高いんですよね。遠い遠い大昔の事でございます。

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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    尾道市(おのみちし)は、広島県南東部にある市。山陽地方の中南部、岡山市と広島市のほぼ中間に位置している。瀬戸内海(対岸の向島との間はその狭さから尾道水道と呼ばれる)に面し、古くから海運による物流の集散地として繁栄していた。明治時代に山陽鉄道が開通して鉄道と海運の接点になったことで、広島県東部(備後地方)で最大の人口を抱える都市となるが、1960年代半ばには福山市(工業都市化で急速に発展し旧城下町で平地に恵まれた)に中心地の座を明け渡した。ただし、現在も備後都市圏の有力都市の一つとなっている。1999年5月の瀬戸内しまなみ海道開通によって四国の今治市と陸路で結ばれ、物流面での利便性が高まり、2015年3月には中国横断自動車道(尾道松江線)が全線開通し、「瀬戸内の十字路」と呼ばれることもある。「坂の街」「文学の街」「映画の街」として知られる。文学では林芙美子、志賀直哉などが居を構え、尾道を舞台とした作品を発表した。映画では小津安二郎監督の『東京物語』が尾道で撮影され、大林宣彦監督の『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』は「尾道三部作」として、若い世代に尾道を有名にした。他の自治体がロケ地観光の目的地になることを見込んで戦略的にロケ地の誘致に力を入れたのに対し、尾道は20世紀半ばから制作者の主体的判断による映画ロケが相次ぎ、全国に先駆けてロケ地観光の目的地になった点が異なる。2000年代以降にはアニメの舞台にもよく使われ、アニメファンから「五大聖地」の一つと呼ばれるようになった。テレビ番組やテレビドラマ、CM、ミュージック・ビデオ、グラビア、写真集などの撮影に使われることも多い。また、二大碁聖として知られる本因坊秀策の出身地である因島は「囲碁の島」として有名であり、公園にも石製の碁盤がある。2009年から9年連続で観光客数過去最高を記録し、2017年には観光客数が680万人と、2006年の合併により現在の市域となって以降で最多を記録している。2008年から2017年までで約25%の上昇となった。その要因について、尾道市観光課では2015年の中国やまなみ街道の全線開通や、尾道水道の日本遺産認定、2016年の芸予諸島村上海賊、2018年の北前船と自治体最多の日本遺産認定、しまなみ海道サイクリングロードの認知度向上、メディア露出によるプロモーション効果を主原因と分析している。2015年度には海外向けのプロモーションなど情報発信効果もあって、外国人観光客数も最多の21万4045人を記録している。山間地域から沿岸地域、多くの島により、地域性豊かな農産物が多く栽培されている。わけぎ、いちじく、レモン、ネーブルオレンジは全国1位の生産量を誇り、もも、ぶどう(デラウェア)、八朔、デコポン、みかん、串柿、スイカ、葉たばこ、きぬさやえんどうなどの生産は県内1位である。

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