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DoraNeko
朝から所用で桃太郎大通り界隈に赴いたのですが、ランチタイムにはまだ少し早い時間帯に通りすがった吉野家岡山桃太郎通り店、そう言えばもう長い間、吉野家に入ったことがないな~、と興味本位で入店でございます。ワタクシ、東京で営業であちこちウロウロしていた時分に随分とお世話になった吉野家でございます。今みたいにメニューが多彩になる遥か以前、メニューが牛丼か牛皿のみだった頃に、一番利用しましたですな~。養老乃瀧との牛丼戦争なんてのもありましたな~。あはは。
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Wikipediaから引用
吉野家(よしのや) は、東京都中央区に本社のある日本の大手外食チェーンストアである。牛丼を主力商品とする。株式会社吉野家ホールディングス(英: YOSHINOYA HOLDINGS CO., LTD.)の子会社である株式会社吉野家(英: YOSHINOYA CO., LTD.)が運営する。愛称は「吉牛(よしぎゅう)」。吉野家は、1899年(明治32年)に東京・日本橋で創業された。創業者・松田栄吉が大阪府西成郡野田村字吉野(現在の大阪市福島区吉野)の出身であったことが由来とされていたが、2019年に社史を作成する過程で松田の親族に確認した際に、松田は東成郡住吉村(現在の住吉区北西部)の出身であり大阪・吉野は由来とはなりえず、この説は完全な間違いであったことが判明した。さらにこの時、吉野の桜(奈良県)を好んでいたことから屋号として採用したことが明らかとなり、以降は公式サイトでも訂正が実施され、そのように記されている。2003年(平成15年)までは牛丼のみの単品販売が特徴的ともされ、2001年(平成13年)夏にはコスト削減による体制を整えた上で外食大手の低価格競争に追随し、牛丼並盛一杯280円という低価格と他のファストフード店と比べても一線を画す配給スピード(かつて存在した築地店の盛り付け速度は、1杯あたり15秒)で人気を集めた。バブル崩壊以降、ミスタードーナツやマクドナルドなどと共に、低価格路線を採った外食産業における代表的なチェーン店のひとつである。現在は米国以外の国からも牛肉を調達しているが、2003年(平成15年)にワシントン州でBSE(牛海綿状脳症)感染牛が確認された当時は全ての牛肉を米国から輸入していたため、米国からの輸入が停止されると、牛肉の調達が不能になり、一時牛丼販売の休止に追い込まれ、営業の縮小や、牛カレー丼、豚丼などの代替商品の緊急投入を余儀なくされた。以降は多メニュー展開を行い、牛丼販売再開後も継続している。牛丼を休止した理由として、「米国産牛肉でなければ吉野家の牛丼の味が出せない」「米国産牛肉以外だったらタレの構成配分を変えなければいけない」「別の(肉をメインに使用した)牛丼を出したら『これ違う』と客から文句が出るに違いない」「長期的視野で間違いの少ない選択をするため」との見解を示している。