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現在の学研都市線こと片町線の終着駅だった片町駅の跡地でございます。京橋駅からわずか500mの位置にございました。JR東西線が地下に入るトンネルの辺りが旧片町駅でございます。京阪電鉄にも片町駅があって、その頃の京阪京橋駅はグランシャトーのある場所にございました。現在の京阪京橋駅の片町駅跡寄りの出入口が片町口を名乗っております。幼い頃から乗り鉄だったワタクシは京都から京阪で片町駅まで来て、この辺りをウロウロしたことがあり、その時のことは何故かいまだに覚えているんですよね、何でなのか自分でも不思議なんですけれど。大阪環状線からちょっとだけ内側に入った場所に行き止まりの駅があったことに興味があったんでしょうね。再開発の予定が諸般の事情で遅れた地域ですが、これから大規模な再開発が行われる計画がございます。


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Wikipediaから引用
片町駅(かたまちえき)は、かつて大阪府大阪市都島区にあった西日本旅客鉄道(JR西日本)・京阪電気鉄道の駅(廃駅)である。JR西日本の片町線(学研都市線)、京阪電気鉄道の京阪本線が乗り入れていた。両社の駅は鯰江川(現在は埋立)に架かっていた野田橋を挟んで所在していたが、現在はいずれも廃止されている。また、大阪市電天満橋善源寺町線片町停留場も近くにあった。浪速鉄道の都心側のターミナルとして、東成郡鯰江村大字新喜多新田(当時)に建設された駅である。当時の大阪市街の北東端であった相生町にできる限り近接させた駅で、駅名の「片町」は、相生町がもともと京街道の北側にしか家屋がない片側町だったことに由来する。鯰江川と寝屋川に挟まれた狭小な土地で駅前が非常に狭かったため、関西鉄道への合併後、一時は放出駅から路線を分岐させる形で近隣に設けられた網島駅へ旅客扱いを譲り、貨物駅となったこともあったが、国有化後に城東線(現在の大阪環状線)の京橋駅に隣接するようにして設けられた片町駅京橋口を京橋駅として分離し、それと入れ替わる形で網島駅を廃止したことによって、片町線の終点駅としての地位に落ち着いた。しかし、京橋駅(当駅からの営業キロは0.5 km)は城東線や京阪本線との乗り換え駅として栄える反面、利用者が少なく、接続もない当駅の地位は低下し、JR東西線開業に伴い廃止となった。当駅の廃止と同時に、入れ替わるようにして大阪城北詰駅が近地に開業し、事実上の代替となっている。大阪城北詰駅の計画段階での仮称駅名は「片町」であった。ただし、駅の移転・改称ではなく別駅の扱いであるため、当駅を起・終点とする定期券や回数券は、当駅が廃止された後は継承されなかった。当駅廃止後も路線名は変わっていないが、JR西日本では片町線に「学研都市線」の愛称を付けているため、案内上では片町の名はあまり使用されなくなっている。なお、「学研都市線」の愛称は当駅廃止後に付けられたのではなく、国鉄分割民営化から1年後の1988年からすでに使用されていた。