賀茂御祖神社は、京都市左京区にある神社。通称は下鴨神社。

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朝っぱらの下鴨神社。糺の森&下鴨神社で早朝散歩。

「さざれ石」たあ、このことっすよ!

糺の森で時間を費やしていたら、とっくに早朝じゃなくなってた。このあと奈良へ向かいまっさ~。

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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は、京都市左京区にある神社。通称は下鴨神社(しもがもじんじゃ)。式内社(名神大社)、山城国一宮、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。国際連合教育科学文化機関 (UNESCO=ユネスコ)の世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されている。賀茂別雷神社(上賀茂神社)とともに賀茂氏の氏神を祀る神社であり、両社は賀茂神社(賀茂社)と総称される。両社で催す賀茂祭(通称 葵祭)で有名。本殿には、右に賀茂別雷命(上賀茂神社祭神)の母の玉依姫命、左に玉依姫命の父の賀茂建角身命を祀るため「賀茂御祖神社」と呼ばれる。金鵄および八咫烏は賀茂建角身命の化身である。境内に糺の森(ただすのもり)、御手洗川、みたらし池がある。神社は2つの川の合流点から一直線に伸びた参道と、その正面に神殿、という直線的な配置になっている。御手洗社の水は葵祭の斎王代清めの聖水である。現存。飲料可。京都の社寺では最も古い部類に入る。社伝では、神武天皇の御代に御蔭山に祭神が降臨したという。また、崇神天皇7年に神社の瑞垣の修造の記録があるため、この頃の創建とする説がある。一説には、天平の頃に上賀茂神社から分置されたともされる。上賀茂神社とともに奈良時代以前から朝廷の崇敬を受けた。平安遷都の後はより一層の崇敬を受けるようになり、大同2年(807年)には最高位の正一位の神階を受け、賀茂祭は勅祭とされた。『延喜式神名帳』では「山城国愛宕郡 賀茂御祖神社二座」として名神大社に列し、名神・月次・相嘗・新嘗の各祭の幣帛に預ると記載される。弘仁元年(810年)以降約400年にわたり、斎院が置かれ、皇女が斎王として賀茂社に奉仕した。平安時代中期以降、21年毎に御神体を除く全ての建物を新しくする式年遷宮を行っていたが、本殿2棟が国宝に指定されたため、現在は一部を修復するのみである。

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