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山科の琵琶湖疏水の道ぃ 観光資源開発として琵琶湖疏水通船試験運行をしてるので見に来た

安祥寺川と疎水のクロスロード

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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    琵琶湖疏水(びわこ そすい)とは、琵琶湖の湖水を西隣の京都市へ流すため、明治時代に作られた水路(疏水)である。国の史跡に指定されている。琵琶湖疏水は、第1疏水(1890年に完成)と第2疏水(1912年に完成)を総称したものである。両疏水を合わせ、23.65m3/sを滋賀県大津市三保ヶ崎で取水する。その内訳は、水道用水12.96m3/s、それ以外に水力発電、灌漑、下水の掃流、工業用水などに使われる。また、疏水を利用した水運も行なわれた。水力発電は通水の翌年に運転が開始され、営業用として日本初のものである。その電力は日本初の電車(京都電気鉄道、のち買収されて京都市電)を走らせるために利用され、さらに工業用動力としても使われて京都の近代化に貢献した。疏水を利用した水運は、琵琶湖と京都、さらに京都と伏見、宇治川を結んだ。落差の大きい蹴上と伏見にはケーブルカーと同じ原理のインクラインが設置され、船は線路上の台車に載せて移動された。水運の消滅に伴いインクラインはいずれも廃止されたが、蹴上インクラインは一部の設備が静態保存されている。無鄰菴や平安神宮神苑、瓢亭、菊水、何有荘、円山公園をはじめとする東山の庭園に、また京都御所や東本願寺の防火用水としても利用されている。一部の区間は国の史跡に指定されている。また、疏水百選の1つである。現在、琵琶湖疏水を通して年間2億トンの琵琶湖の湖水を得ていて、京都市から<疏水感謝金>として年間2億2千万円が滋賀県へ支払われている。過去、大正時代には<発電用水利使用料>として徴収されたが、政府から「収入の少ない地方公共団体から使用料を徴収しないように」との通達を受け、寄付金となった。1947年に<疏水感謝金>と言う形で契約が滋賀県と京都市の間で結ばれた。これは法的な根拠なくあくまでも感謝金であり、滋賀県も「山の植林・間伐・林道整備など、水源地となる山の保護事業に使っている」としている。感謝金額の査定は10年ごとに物価変動を考慮して滋賀県と京都市が相談して決定される。この契約は消費税率が8パーセントに上る予定の2014年までとされていた。

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