岡山から里帰りした、東武100型路面電車。

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1968年2月に廃止された日光軌道線から岡山電気軌道に転籍、長らく岡山市内で活躍した後に2013年4月に岡山電気軌道から日光霧降高原チロリン村に寄贈され、保存展示されていた車両でございます。昨年2020年3月から東武日光駅前に移され、公開されております。この車両の新造は1953年で、ワタクシと同い年でございましてw 2013年まで岡山市内を走った訳ですが、ワタクシもその時には岡山市に居りますのでね。なにしろ勤務先身内ですし、少しばかりのご縁がございます。色々思い出しながらしばし眺めておりました。

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  1. by DoraNeko

    Wikipediaから引用
    東武100形電車(とうぶ100がたでんしゃ)は、かつて東武鉄道が日光軌道線向けとして1953年に10両を新造した路面電車車両である。1968年2月の日光軌道線廃止まで同線で運行された後、10両全車が岡山電気軌道へ譲渡され、岡軌3000形電車(おかき3000がたでんしゃ)として10年以上にわたって同社の主力車両として重用された。当時一般的な全溶接組み立てによる鋼体に木材による内装などを組み合わせた、12m級の半鋼製車体を備える。ただし、製造メーカーである宇都宮車輛の個性が発揮されており、窓の上下の補強用帯版を外板の裏側に隠したノーシル・ノーヘッダーとし、長柱を使用する張り上げ屋根を採用することにより、極めて平滑な側面デザインが形成されているのが大きな特徴である。また、各客用扉と側窓の間の柱部から両端部にかけては、妻面で左右それぞれ100mmずつ車体が絞られる構成となっており、急曲線通過時に車体オーバーハング部が建築物や交換列車と干渉することを回避している。妻面は当時流行の湘南形に近い半流線形の2枚窓構成で、緩い傾斜が付けられており、これは後に登場した連接車の200形と共通する意匠である。なお、妻面向かって左側の車掌台側に設けられた窓はビューゲル操作を行う必要から下段上昇式の2段窓とされ、反対の運転台側の窓はワイパー付きの1枚固定窓となっている。前照灯は腰板部中央に白熱灯具が各面1組ずつ備え付けられ、尾灯はその左右に各1灯埋め込み式で取り付けられている。また、妻面幕板部には、向かって右側の運転台側に行先表示幕が、左側の車掌台側に続行運転を示すための続行表示灯が、それぞれ設置されている。路面電車であることから妻面下部には併用軌道走行時の路上障害物・人員巻き込み事故防止用の排障器が備えられているが、降雪時にはここにスノープロウを装着して除雪に使用することもあった。座席はロングシートで、木製の床には主電動機検査用トラップドアの他、各台車に備えられたブレーキシリンダー検査用のトラップドアも開口している。なお、室内灯は通風口を兼ねた丸いグローブの付いた白熱灯である。塗装は日光の山々を表す若草色を基調とし、日光のシンボルのひとつである神橋を表す朱色の帯を巻いた専用塗装であった。

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