どんどんヤットコ、てなことでございます。

記事中の画像は、クリックすると拡大して、スライドショーでご覧いただけちゃいます。







ナニコレ珍百景に投稿した人もいるっていう位に、珍名バス停として有名な存在である倉敷市の連島地区にある二つのバス停でございます。しかも、この珍しい二つのバス停は両備バスの同じ路線上に存在しておりますのでございます。この路線バスに乗車し前面展望を撮影した動画まで投稿されているんですね~。知らんかったっす。ところで何で今更ここにまつわる記事を書こうと思ったのかって言うとですね、最近コロナ禍で遠方への一人旅が出来ずにネタ切れ気味なので、身内だからって遠慮せず「ドンドンやっとこ」みたいなことで?なんちゃってね~。

当分の間、リアルタイムではございませんで、過去に訪れた際の写真を基にした記事が続きます。新型コロナ、緊急事態宣言が出されたことに伴い、不要不急の外出を避けるよう要請されている地域が増えましたのでワタクシも一人旅に関しては一時自粛させて頂きます。ライフワークでありますので忸怩たる思いがございますが昨今の状況を踏まえれば仕方ないことでございます。過去に撮り溜めていた画像がまだ多く手元にあるので、暫くはそれを使用して記事の更新は続けて参るつもりです。

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  1. by DoraNeko

    Wikipediaから引用
    連島(つらじま)は、岡山県倉敷市水島にある地域である。旧浅口郡連島町の内、現在狭義の水島に該当するエリアを除いた地域である。広義の水島地区の西北部と占める。高梁川下流の河口付近東岸にある連島山塊とも呼ばれ、太平山などの山頂をもつ独立丘の周辺と、その南部に広がる平野部に相当する。山塊周辺の山麓部は古くからの集落が多いが、平野部は水島工業地帯のベッドタウンとして宅地・道路が開発され、住宅地やロードサイド店が多く立ち並ぶ一方、鶴新田や江長・北面など田畑も多く残っている地区もある。また、丘陵部も大型住宅地が造成され、地域全体の人口は現行の倉敷市施行時に比べ激増している。古くは周囲は海域で、連島山塊は備前国児島郡西端に属し、児島の属島である連島(都羅島)という島嶼であった。和名類聚抄等に記載されている都羅郷は、連島を中心とする一帯に比定されている。児島郡北西地区では、東の藤戸湊に対し西の連島湊とし、高梁川の河口に近い内海湊として栄えた。近世以降、連島の所領の変遷はめまぐるしく変化しており、それは明治になっても同様で、合併・分村を繰り返す。明治36年に、連島・西之浦・亀島・鶴新田の各村が合併して新しい連島村となり、ようやく連島がひとつとなる。明治45年4月1日の町制施行を経て、昭和28年6月1日に旧倉敷、昭和42年2月1日に現倉敷市となり現在に至る。

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