壺屋やちむん通りの東口にある、東ヌカー。






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words=’ひめゆり通りとの交点、壺屋やちむん通りの東側入口に位置する、アガリヌカーでございます。アガリは東を意味する琉球方言、ヌカーは共同井戸でございます。つまり東の共同井戸でございますですな。壺屋やちむん通りの案内看板とシーサーがございます。シーサーは口を開けているのと口を閉じているのが対になって居りまして、原則として口を開けているのが雄で閉じているのが雌だということですな。人間様の場合は得てして雌の方がよくしゃべるとされているのですが、シーサーの世界では逆なんですかなw 全国を旅していて特に関西の新幹線を含む鉄道の車内なんぞでは女性のけたたましいおしゃべりに閉口することがしばしばございますわ。なんて思っていたら、朝早い時間だったんですが、時間の経過とともに壺屋やちむん通りに段々と観光客の往来が増えてきて、関西からの女性集団と思われる方々の大声が響き渡るのでございましたw’
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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    シーサーは、沖縄県などでみられる伝説の獣像。魔除けの意味を持ち、屋根の上に設置されることが多いとされている。名前は「獅子(しし)」(元はサンスクリット語のライオン、シンハー)を沖縄語で発音したものである。八重山方言ではシィーシィー、シーシ-という。スフィンクスや中国の石獅、日本本土の狛犬などと同じく、源流は古代オリエントのライオンと伝えられている。犬という説もあるが、沖縄に関連の深かった中国や南方からの影響を考えてやはり獅子であろうという意見や、またその音からも獅子と断言される事がある。中国南部や台湾には風獅爺、風獅と呼ばれる石造の獅子を風除けの守りとして設置する風習があり、これらがシーサーと訳されることがある。『球陽』によれば、始まりは1689年のことで、当時火事が頻発して難儀していた人々が風水師に助言を求めたところ、その風水師は八重瀬岳の影響によるものといい、これを防ぐには獅子の像をつくりその山に向けて設置するようにと助言した。住民がその言に従ってシーサーを設置したところ火事は発生しなくなったというものである。なお、この時に設けられたシーサーは現存しており、現存最古のものとされる。一体で置かれることも、仏教の影響か阿吽像一対で置かれることもあるが、単体よりも一対で置かれることの方が多いとも言われる。阿吽の違いにより雌雄の別があり、各々役割があるという。一般的に口の開いたシーサーが雄で向かって右側に置き、福を招き入れ、口を閉じたシーサーが雌で向かって左側に置き、あらゆる災難を家に入れないとされているが、口の開け閉めによる雄雌の区別には議論があるという。各戸の屋根の上に置かれるようになったのは、庶民に瓦葺きが許されるようになった明治以降である。それまでは、寺社や城の門、御嶽(うたき)、貴族の墓陵、村落の出入り口等に設置されるのみだった。材質は石や陶器(素焼きまたは本焼き)、漆喰(しっくい)によるのが基本だが、近年ではコンクリートや青銅製のものもある。造形は一定ではなくさまざまな表情や姿勢を見せる。

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