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宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地として有名な巌流島にある佐々木小次郎像と宮本武蔵像でございます。丘のように周囲より少し高くなっている展望広場に決闘のシーンを再現しているかのように対峙して設置されている二つの像ですが、それぞれの設置されたタイミングと作者は異なっているんですな。佐々木小次郎像は村重勝久さんの作品で2002年(平成14年)12月に設置されたもの、宮本武蔵像は決闘シーンに合わせるが如くに少し遅れて2003年(平成15年)4月に設置された廣瀬直樹さんの作品なのだそうでございます。


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Wikipediaから引用
巖流島(がんりゅうじま)は、山口県下関市・関門海峡に在る島(無人島)。正式名称は船島(ふなしま)。本州(下関市彦島)から約0.4 kmの関門海峡内に在る小島。島全体が平らな地形であり、標高は最高地点でも海抜10 mに満たない。島の東海岸に設けられた遊歩道などからは関門海峡を行きかう大型船を間近に見ることができる。また、島の相当部分は公園として整備され人工海浜や多目的広場が設けられている。宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘(巌流島の戦い)が行われたとされることで著名となっている。決闘が行われたとされる当時は豊前小倉藩領の船島であったが、小次郎が「巖流」(「岩流」とも)を名乗ったことから巖流島と呼ばれるようになった。島内の展望広場には2002年(平成14年)12月11日に除幕された小次郎像と、2003年(平成15年)4月14日に除幕された武蔵像がある。土地の大半を三菱重工業が所有していたが、島内の相当部分について下関市に譲渡され、2003年に公園として整備された(ただし三菱重工業の所有地は島内に残っており私有地である)。これは同年放送されたNHKの大河ドラマ『武蔵 MUSASHI』の放映にあわせたもの。島北端の船着場から北東一帯が公園として整備され、人工海浜、多目的広場、展望広場などが設けられている。公園から島の南東・南端にかけて遊歩道が整備されており、南端の遊歩道の終端部には休憩所が設けられている。展望広場には宮本武蔵と佐々木小次郎の銅像が建立されている。小次郎の像は小次郎ゆかりの地である岩国市出身の彫刻家・村重勝久の作で2002年12月に建立、武蔵の像は公募により廣瀬直樹のデザインを採用した。また、武蔵像は決闘の伝説になぞらえたかのように、小次郎の像から遅れて2003年4月に建立されている。 他に巌流島文学碑、佐々木巌流の碑(1910年10月31日設置)、巌流島釣りデッキ(2003年10月完成)、散策道などがある。島の北端に船着場が設けられており、下関港(唐戸桟橋)および北九州港(門司港)から、関門汽船により船便が運航されているほか、彦島江の浦桟橋からのチャーター船なども運航されている。