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上野恩賜公園散策中に立ち寄ってみました不忍池畔でございます。弁天堂入口にはテントを張った露店が軒を連ねております。日本人の方がフリマよろしく掘り出し物を探す姿もちらほらありましたが、数多くの外国人観光客が興味津々とばかりにあれこれ物色しておりますな。確かに「なんじゃこりゃ」的なモノを売っていたりするんで、面白いっちゃあ面白いですw なんて言いながら、かつてここがホームレスが寄り集まっていた昔の光景が脳内をよぎったワタクシでございます。時の移ろいを垣間見た気がします。


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Wikipediaから引用
不忍池(しのばずのいけ)は、上野恩賜公園(東京都台東区)の中に位置する天然の池である。上野恩賜公園の南端に位置し周囲は約2キロメートル、全体で約11万平方メートル。北で上野動物園西園、東で京成上野駅、南と西で不忍通りに接している。現在の不忍池は、その中央に弁才天を祀る弁天島(中之島)を配している。また、池は遊歩のための堤で3つの部分に分かれており、それぞれ、一面がハスで覆われる蓮池、ボートを漕いで楽しむことのできるボート池、上野動物園の中に位置しカワウが繁殖している鵜の池の3つである。弁天島に建つ石碑によれば、「不忍池」の名は、かつて上野台地と本郷台地(向ヶ岡)の間の地名が忍ヶ丘(しのぶがおか)と呼ばれていたことに由来するとのことである。ただし、異説もあり、周囲に笹が多く茂っていたことから篠輪津(しのわづ)が転じて不忍になったという説(『新編武蔵風土記稿』『神代余波』)、ここで男女が忍んで逢っていたからという説(『望海毎談』)や、上野台地が忍が岡と呼ばれていたことにたいして不忍池と命名された説(『江戸妙子』『江戸名所図絵』)もある。15世紀頃には既に「不忍池」という名で呼ばれていた。天海僧正(1536 – 1643)は、この池を琵琶湖に見立て、竹生島になぞらえた中島を築造し弁天堂を建てた。江戸時代以来、文人墨客の集う蓮の名所として知られ、その壮観さは訪れる人々を魅了してきた。