ロケットの隣には、水平式日時計も設置されてました。



[talk
words=’ワタクシは水平式日時計なんぞというものが設置されているのを初めて見たのでございます。初めてなので記念にパチリンコでございます。何事も初めてというのは新鮮ですな。あたりまえだのクラッカーですけど(←古過ぎやんけw)。 ‘
avatarshape=3 bdcolor=#1e73be bgcolor=#fff avatarsize=50 avatarimg=”https://doranekoweb.com/web-memorandum/wp-content/uploads/doraneko.png”]

DoraNeko

にほんブログ村ランキング参加中。赤いバナーをクリックしていただけると感謝感激雨アラレちゃんです。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    日時計(ひどけい)は、影を利用して視太陽時を計測する装置。紀元前3000年、古代エジプトで使われていたが、起源はさらにその前の古代バビロニアにさかのぼると考えられる。日晷儀(にっきぎ)、晷針(きしん)ともいう。古代ギリシア及び古代ローマで改良され完全なものができた。これはアラビアに伝えられた(アラビアの天文学ではこれをノーモン(gnomon) という)。のちに、機械時計が発明されると、それにとってかわられた。現代では庭園や建造物の装飾として設置されることが多い。昼間しか使えないこと、晴天時しか使えないことを除けば、古代以来、誰でも見たり使ったりできる時計は日時計のみであった。現在もアナログ式時計を始めとする各種回転式メーター・つまみ式スイッチ・ねじなどのほとんどが、右まわり(時計まわり)に行くと数が増えたり機能として用を足す(スイッチが入る)仕様なのは、北回帰線以北では、常に日時計の針がこの向きで回ったためである。なお、右利きの人は右回しの力が強いから、ねじなど、右回りが多いとも考えられる。中世に発明された機械時計は当初、誤差が大きかったので、これを補正するためにも日時計は使われた。日本では735年に吉備真備が唐から日時計を持ち帰ったとする記録がある。現代におけるアナログ時計が基本的に右回りである理由として日時計が右回りであった為という説が有力である。

コメントする

目次