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words=’1928ビルの東隣、寺町通からすぐの三条通にある富田歯科医院でございます。とはいっても既に閉院されておられるんですが。京都における普通の町屋ですが、ここが医院兼住居になっていたんですね。レトロな看板というか表札と言うべきか、書体にも趣を感じます。’
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words=’三条通から少し離れて、柳馬場通錦小路上ルにある俵診療所です。こちらは完全予約制ではありますが診療を行っておられるんですね。このような普通の町屋の開業医さん、昔は当たり前のようにあった京都では当たり前の街並み風景ですが、今では珍しい存在になってしまいましたね。’
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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    京町家(きょうまちや)とは、1950年(昭和25年)以前に京都市内に建てられた町屋を含む木造家屋である。昭和40年代の民家ブームの際につくられた造語であり、江戸時代にこのような言葉はなかった。太平洋戦争中の米軍による日本の都市に対する無差別爆撃によって、全国で多くの町屋が失われた。京都市は、当初は原爆投下候補地とされていたために通常爆撃が限定され、町屋が焼失せずに残った。昭和40年代の民家ブームにおいて、高度経済成長期の建て替えによって減少し始めた町屋遺構を観光や不動産資源とするため、現行の建築基準法が施行される昭和25年以前に建てられた、京都市にある行政責任の及ばない古い木造住宅をひとくくりにして「京町家」と呼ぶようになった。2010年8月、京都市が市内全域を対象に京町家の実態調査を行った結果、4万7735軒が残存しており、うち10.5%が空き家であると分かった。江戸時代の京町家は全体の2%で、明治時代のものも14%あった。また中京区などの都心部では、1996年に行った調査に比べ約2割減少していることも判明。老朽化や住人の高齢化が主な理由とみて、市は調査結果をデータベース化して保存・再生の仕組みや政策づくりに反映させるという。京町家に住む所有者の多くは高齢者である。高齢者(65歳以上)だけの世帯は35%を超え、子供たちは別の場所に移り住んでいることが多い。そのため、相続が発生した際に、次世代に現状のまま引き渡すことができるかが課題となっている。所有者の36%が「できる限り残したい」との思いを持つ一方で、相続税の負担や維持改修費用などの問題点を懸念する声も多い。京都市は、京町家の保存・活用を図っており、空き家の利用希望者を募集するなど様々な施策を打ち出している。2017年11月には「京都市京町家の保全及び継承に関する条例」(平成29年京都市条例第12号、通称:京町家条例)を制定した。しかし、室町時代の1467年建造と伝えられていたにもかかわらず重要文化財の指定が無かった川井家住宅(中京区西ノ京)が2018年に解体されるのを止められなかった(ただし、河合家住宅の開発計画は同条例の義務化前だったため対象外となっていた)。2016年度までの7年間で5600軒の京町家が取り壊されたが、一方で「京町家に住んだり、店を開いたりしたい」という需要や、京町家への滞在を希望する外国人を含む観光客も需要も多い。このため京町家の売買仲介、シェアハウスや店舗、宿泊施設などへの改修、運営代行を手掛ける地元企業も登場している。これらに必要な資金を、利回りを目的とした投資だけでなく、京都の街並み保存を応援するためのクラウドファンディングで提供する動きも広がっている。京都銀行、京都信用金庫、京都中央信用金庫などの地元金融機関は京町家の改修費用などを融資する専用ローンを取り扱っている。

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