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石清水八幡宮の神苑広場に設置されているエジソン記念碑でございます。記念碑が建てられた理由のエピソード、白熱電球のフィラメントに八幡市男山の竹を試したところ、最も長く光り続けたことから以後タングステンにとって変わられるまで、男山の竹を使い続けたというご縁でございます。ワタクシは東京から岡山に単身赴任した年にここに寄ったとき、ここの傍らのベンチで恐らく石翠亭で飼われていたんだはないかと思しき猫センパイに3~40分ほど遊び相手になって貰ったことがございます。既に16年ほど経過しておりますので既に天国に旅立っていると思いますが、当時悩み多きトシゴロだったワタクシは(←おいこらw)、おかげさまで癒されたので、感謝を込めて同じ場所で合掌をばさせていただきましたです。


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Wikipediaから引用
トーマス・エジソン(英: Thomas Alva Edison、1847年2月11日- 1931年10月18日)は、アメリカ合衆国の発明家、起業家。メロン財閥とアメリカの電力系統を寡占した。Life誌が1999年に発表した「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」において第1位に選出されている。傑出した発明家として知られ、生涯におよそ1,300もの発明と技術革新を行った人物である。たとえば蓄音器、白熱電球、活動写真である。エジソンはJ・P・モルガンから巨額の出資・援助をしてもらい、Edison General Electric Company(エジソン・ゼネラル・エレクトリック、現・ゼネラル・エレクトリック=GE)を設立した。GEは電球などの家電だけでなく、発電から送電までを含む電力系統の事業化に成功した。エジソンは合計14の会社を設立している。助手には一人だけ日本人(岡部芳郎)がいた。LIFE誌が1999年に発表した「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」において第1位に選出されている。白熱電球についても、多くの科学者や発明家が開発を競っており、その功績は分散している。最終的にエジソンと争ったのはジョゼフ・スワンだが、それ以前に白熱電球の原理はほぼ完成されており、あとはフィラメントの寿命をいかに延ばして実用化・商業化するかが課題だった。エジソンは、フィラメントとして数千種類の素材を試したが、どれも数十時間で焼き切れてしまった。手近にあった中国の扇子を解体して竹を取り出して竹炭にして使ってみたところ、長くもった。これに注目したエジソンは、世界各地にフィラメントに適した竹を探す調査員を派遣し、来日した探検家のウィリアム・ムーアが、石清水八幡宮がある男山の竹が良質だと聞き、京都府八幡村(現・八幡市)の竹を入手。これから作られたフィラメントは約1,000時間光り続けた。エジソンは、フィラメントをセルロースに切り替えるまで約10年間、八幡の竹を使い続けた。竹はのちにタングステンに取って代わられた。そしてエジソンは配電網を構築し、電球はもちろん、電気アイロンや電気トースターなどの電化製品を広く家庭に普及させた。エジソンが「電球の発明者」であるかは見方によるが、「電球も含めた電力の事業化に初めて成功した人物」であるとは言える。