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天満天神繁昌亭|上方落語専門の定席
戦後60年ぶりに復活を遂げた上方落語唯一の寄席「天満天神繁昌亭」。 2006年9月の誕生以来、大阪の新名所として、落語を中心に、漫才、俗曲などの色物芸の興行が連日執り行…
大阪天満宮の北側敷地内にある上方落語の定席、天満天神繁昌亭でございます。所謂、寄席でございます。上方落語を中心に連日興行が行われているのでございます。かつて高校時代に上方落語研究会、所謂オチケンに所属したワタクシ、感無量なのでございますよ。


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コメント一覧 (1件)
Wikipediaから引用
天満天神繁昌亭(てんまてんじんはんじょうてい)は、大阪府大阪市北区天神橋二丁目にある寄席。上方落語の定席の一つで、落語を中心に、漫才、俗曲などの色物芸の興行が連日執り行われている。通称「繁昌亭」。2003年に上方落語協会会長に就任した桂三枝(後の6代桂文枝)が、天神橋筋商店街で落語会を行える空き店舗の提供を商店街側に依頼したことから、繁昌亭開亭の構想が始まる。商店街はこの依頼を大阪天満宮に持ち込み、上方落語協会も交えて話し合いを重ねた結果、天満宮用地に落語専門の定席を新設することで合意。用地は大阪天満宮の寺井種伯宮司の厚意により、無料で提供された。1957年に戎橋松竹が閉場して以来、半世紀ぶりに大阪に寄席が復活することになった。立地場所は、1912年に吉本吉兵衛・せい夫妻が買収した「第二文芸館」の跡地の向かい付近にある。2005年12月1日に着工、2006年8月8日に竣工、2006年9月15日開席。初代席亭には朝日放送出身の岩本靖夫が就いた。岩本は2006年10月に退任。その後2007年1月に「支配人」の名称で、和歌山放送出身の恩田雅和が席亭に就任。「繁昌亭」の名前は、6代目笑福亭松鶴の発案により千里中央のセルシーホールで上方落語協会が主催していた落語席「千里繁昌亭」に由来する。