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浅草ボンソアール跡(台東区)

浅草ボンソアール跡(台東区)
浅草ボンソアール跡(台東区)
浅草ボンソアール跡(台東区)

かつて宝塚に本社がある欧風意匠建築全般の制作および設計施工していた会社に勤務していたワタクシ、その末期に内装デザインを担当させていただいたフランス料理と喫茶の店、ボンソアールでございますが、現在は閉業されております。オーナーのマスター、村石さんにお気に召していただき、この店の装飾のみならず浅草有志の会が寄贈する隅田公園の街灯をデザインさせていただいたり、ご自宅の仕事もさせていただいたご縁がございます。退社に当たり送別会をここでしていただいたご縁もございます。1階が喫茶店になっており上階がフランス料理を中心とした洋食を提供するお店でございました。1階の外側にはテラスになったベンチが置かれていて、そこにいつもマスターの友人であった益田喜頓さんが座っておられました。ちょこちょこお話をさせていただいたことも思い出に残っております。後に知ったんですが、益田喜頓さんは1990年(平成2年)に半世紀以上暮らした浅草を離れて故郷の函館に戻られ、1993年(平成5年)暮れに亡くなられたんですな。ボンソアールはワタクシが岡山に赴任した頃に閉店したようですな。村石オーナーも当時既にご高齢でしたから。ご挨拶できずに残念至極でございましたのです。

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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    浅草(あさくさ)は、東京都台東区の町名。また、浅草駅を中心とした副都心。浅草寺の門前町として東京有数の観光地および繁華街・歓楽街となっている。浅草駅では東京メトロ銀座線、都営地下鉄浅草線と東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)の浅草駅が位置しているほか、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスの浅草駅[注 2]とも近接している。東京都区部と北関東を結ぶ東武鉄道の特急列車の拠点となっている。浅草寺や仲見世通り、雷門などを中心に東京を代表する観光地として有名である。東京都台東区のおよそ東半分を範囲とし、江戸・東京の下町を構成している地域の一つである。浅草は下谷・本所・深川と並ぶ、東京下町の外郭をなす。概ね東京旧市内で高台に比べ低地を多く占める旧区分を下町としている。そのため旧浅草区に属する浅草地域は下町に当たる。江戸時代以降より繁華街の一つとして栄えてきた。関東大震災では主に火災で焼かれた後、東京府の都市計画により道路拡張をはじめ新たに市街地化された。高度経済成長期以降は山手線沿線の池袋・新宿・渋谷などの発展により、繁華街としての相対的な地位は大きく低下した。東京都が制定する副都心(7か所)として、上野駅近辺と共に上野・浅草副都心を形成しており、現在も下町情緒を感じさせる観光の街として賑わっている。明治になり東京市15区の名前の一つに「浅草」が採用された。また、浅草寺を中心とした地区を近代的に公園化。それが日本初の都市公園の一つとされる浅草公園となった。浅草公園地を6つの区画に分けたことから、浅草公園地で最も賑わいを見せた繁華街を「浅草公園六区」と呼称するようになった。浅草地域西端と下谷地域の境に当たる合羽橋道具街では厨房で使用する業務用調理器具関連用品を取り扱う個性的な商店街が存在。浅草地域南部には問屋街が広がっている。また「浅草花やしき」は日本で最初の遊園地として知られる。裏浅草(観音裏、奥浅草)と称されている浅草寺以北の浅草地域には多くの中小の工場や日雇い街、遊郭だった吉原跡には現在でも大規模なソープランド街が存在。浅草地域は様々な意味合いで下町らしさが色濃いエリアである。

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