本日の目的は、呉湾艦船めぐり。

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呉湾艦船めぐりを楽しむ。これが本日の目的でございまして。あいにくの雨なんですけど、観光船「くれない5」の屋上オープンデッキで何とかかんとか巡ることができましたよ。日頃の行いがよろしいせいでしょうか。ん? それなら晴れてるだろう? そういやそうですなwww 海上自衛隊の艦船のみならず、色々と楽しめますな。当日居合わせている各艦船の説明を、非常にマニアックな部分まで1隻ずつ丁寧に熱弁される男性ガイドさん。面白かったです。

呉湾 艦船めぐりとは
海上自衛隊呉基地(広島県呉市)は、かつて「東洋一の軍港」と謳われた、神奈川県横須賀市の横須賀港と並ぶ、海上自衛隊の主要基地です。呉艦船めぐりで観られる艦船は実に多彩。海上自衛隊の潜水艦や護衛艦など盛りだくさん。大迫力の艦船を間近に眺めながらのクルージングは呉ならではの魅力です。停泊中の護衛艦や潜水艦を間近に見られるチャンスも!所要時間は約35分。海上自衛隊自衛官OBによる案内を聞きながら、迫力の軍港クルージングをお楽しみください。「呉海事歴史科学館(通称:大和ミュージアム」や「てつのくじら館」からも徒歩圏内で至近の距離です。皆さまのお越しをお待ちいたしております。

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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    呉鎮守府(くれちんじゅふ)は、広島県呉市にあった大日本帝国海軍の鎮守府である。通称、呉鎮(くれちん)。1886年(明治19年)4月22日、「海軍条例」において全国に五つの海軍区を定め、各区の軍港に鎮守府を置くこととし、5月4日に第二海軍区(範囲「紀伊国南牟婁郡界ヨリ石見長門国界ニ至リ筑前遠賀宗像郡ヨリ九州東海岸ニ沿ヒ日向大隅国界ニ至ルノ海岸海面及四国ノ海面並内海」)を所管する鎮守府は呉港に置くことが定められた。その後、用地買収、建築工事が進められ、1890年(明治23年)3月末までに建築工事の大部分が完成した。呉鎮守府の開庁は1889年(明治22年)7月1日付で告示がなされ、開庁式は1890年4月21日、明治天皇臨席のもとに挙行された。また「鎮守府官制」により、鎮守府の組織として参謀部・軍医部・主計部・造船部・兵器部・建築部・軍法会議・監獄署などを置いた。1945年の終戦時に廃止され、1946年から1955年までは司令長官官舎などがイギリス連邦占領軍の総司令部として使用された。1907年に完成した旧呉鎮守府庁舎(2代目)は、海上自衛隊の呉地方隊が継承し、2019年現在も同総監部第1庁舎として利用されている。赤レンガの洋風建築である庁舎は、現在も「呉鎮」(くれちん)という愛称で親しまれている。

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