DoraNeko

ここも8年振りで2度目のお邪魔でございますです。やっぱ551蓬莱の豚まん、美味いっすよね。時間的にモーニングセットしか頼めませんので、豚まん1個と極めて少量の麺でございました。ランチにしては量が足りませんが、フライトする便の時刻の都合でいたしかたございませんな。後で考えたら豚まんを追加して頼めたんですが、この時はそこまで考えが及びませんでしたね。のちほどハラヘに苛まれる事態となるのでございます。あはは。

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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    蓬萊(ほうらい)は、大阪市を中心に関西地区に展開している、中華料理の飲食店・販売店である。豚まんの持ち帰り販売が有名で、大阪名物の1つとなっている。1945年(昭和20年)創立の「蓬莱食堂」を母体として、1964年(昭和39年)から創業メンバー3人により別々の会社、株式会社蓬萊(551蓬萊 – ごーごーいちほうらい)株式会社蓬萊本館、株式会社蓬萊別館の3社に分かれている(いわゆるのれん分け)。現在、豚まんを製造販売しているのは551蓬萊と蓬萊本館の2社で、特に多数のテイクアウト店を直営している551蓬萊が一般には有名であり、単に「蓬萊」といえば551蓬萊を指す場合が多い。台湾の嘉義出身の羅邦強(1915年生まれ)が日本統治下時代の1941年に岡山に渡って軍需工場や農産品販売店などで働き、敗戦後も日本に留まって闇米販売などで資金を貯め、同郷の郭文沢、蔡水池、頼来陣とともに大阪の難波新地4番丁に蓬莱食堂を開いた。店名には、成功を夢見て故郷を出てきた彼らにとって日本は夢の国であったことから桃源郷を意味する「蓬莱」を採用した。カレーライスやうどんを出していたが、神戸で天津包子(中国天津名物の肉まん)が売れていると聞き、大阪でも豚まんの販売を始めて芸人や力士を宣伝に使い、実演販売も取り入れるなどして難波の商店街にいくつも店舗を広げた。1962年に火災被害に遭ったことをきっかけとして、難波の3店舗をそれぞれ分離することに決め、1963年に羅邦強が「蓬莱角店(のちの551蓬萊)」、蔡水池が「蓬莱中店(のちの蓬萊本館)」、頼来陣が「蓬萊別館」として独立した。551蓬莱は羅邦強の子・羅辰雄が2代目、その息子・羅賢一が3代目を継いでいる。蔡水池の子・東進明が蓬萊本館の現社長を務めている。蓬莱別館はすでに店は無くなりビル事業に転換している。551蓬萊は中華レストラン3店舗の他に、関西圏に50店舗以上のテイクアウト、イートインやお持ち帰りの販売店舗がある。駅(新大阪駅、大阪駅)や空港(大阪国際空港、関西国際空港)にある店舗などでは、数時間の持ち運びが可能なチルド品も販売している。なお、551蓬萊の「551」の由来は創業当時、店の電話番号が「551」だったことに合わせて「味もサービスも、ここがいちばんを目指そう!」という会社の目標から。

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