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旧有章院霊廟二天門&東京タワー@芝公園

旧有章院霊廟二天門&東京タワー@芝公園
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旧有章院霊廟二天門&東京タワー@芝公園
旧有章院霊廟二天門&東京タワー@芝公園

都営三田線御成門駅からすぐの場所、芝公園の北側の芝増上寺、現在の東京プリンスホテル敷地の日比谷通り沿いにある国の重要文化財に指定されている「旧有章院霊廟二天門」でございます。江戸幕府8代将軍の徳川吉宗が、8歳で世を去った有章院こと先代将軍・家継のために建立した霊廟、有章院霊廟の二天門でございます。かつては日光東照宮に匹敵する極彩色の壮麗な霊廟群が広がっていたのですが、1945年(昭和20年)の東京大空襲により大半が焼失してしまい、二天門だけが奇跡的に焼け残ったのでございます。ワタクシこの辺りから見る東京タワーの風景がこよなく好きでございましたですわ。

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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    有章院霊廟(ゆうしょういんれいびょう)は、江戸幕府7代将軍徳川家継の霊廟建築。芝増上寺(東京都港区芝公園)に造営された。建物は豪華な彩色や彫刻で飾られていたが、1945年、太平洋戦争の空襲で大部分が焼失した。江戸幕府第7代将軍・徳川家継は、正徳6年(1716年)4月30日に死去。霊廟は増上寺境内北側に設けられた。霊廟の造営は翌享保2年(1717年)に完成している。霊廟は1930年5月23日、当時の国宝保存法に基づき国宝(現行法の「重要文化財」に相当)に指定された。1945年、太平洋戦争の空襲で大部分の建物が焼失。家継の墓所は1958年に発掘調査が行われた後、改葬されており、現在は増上寺安国殿裏の徳川家墓所に墓塔が建てられている。有章院霊廟は増上寺本堂北側の北御霊屋の北半部を占め、東を正面として営まれていた。所在地は現在の港区芝公園、東京プリンスホテルの敷地にあたる。霊廟建物群の配置はおおよそ次のようであった(太字の建物は旧国宝)。霊廟の入口には二天門、これをくぐると左前方に勅額門があり、勅額門の左右に外透塀がある。勅額門をくぐり参道を進むと、右に鐘楼、左に水盤舎、その斜め後方に井戸屋形があった。参道を進んだ正面には中門及び前廊、その左右に左右廊があり、左右廊から発する内透塀が御霊屋を囲む。御霊屋は本殿・相之間・拝殿を一体とした権現造である。相之間の右方(北)に渡廊が接続し、本殿背後には奥院(墓所)への入口である仕切門がある。奥院は2区画に分かれ、左(南)の区画に有章院、右の区画に惇信院の宝塔(墓塔)がある。奥院の各区画は唐門及び前廊、透塀、拝殿、中門、波板塀、宝塔から構成される。

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