[talk
words=’全国各地で様々な形で大活躍した165系の仲間の169系は信越本線での運用のために派生した系列かと存じますが、いわゆる急行系新性能電車として制作されたものかと記憶しておりまして。ナカマはいまだにカラーリングを変更したうえで当地しなの鉄道で現役なんじゃないですかね?この編成がこうしてこの坂城駅構内で保存されるようになった経緯は知りませんが、こうして保存されていることは拙者は実に喜ばしいのでございます。’
avatarshape=3 bdcolor=#1e73be bgcolor=#fff avatarsize=50 avatarimg=”https://doranekoweb.com/web-memorandum/wp-content/uploads/doraneko.png”]

DoraNeko

にほんブログ村ランキング参加中。赤いバナーをクリックしていただけると感謝感激雨アラレちゃんです。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    国鉄165系電車(こくてつ165けいでんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した直流急行形電車である。153系を基本に出力増強・勾配線区対応を行った直流急行形電車として、1963年から1970年にかけて701両が製造された。国鉄分割民営化後は、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東海旅客鉄道(JR東海)・西日本旅客鉄道(JR西日本)にそれぞれ承継された。国鉄初の直流急行形電車となる153系は、1958年に準急「東海」で運用開始以降、東海道本線準急・急行列車の主力車両として運用されていた。153系は主電動機に出力100 kWのMT46形が搭載されていたが、電化区間の拡大とともに25‰勾配線区でMT比1:1の編成では出力の不足が課題となった。例として153系6M6T編成では山陽本線瀬野 – 八本松間(瀬野八)では補助機関車の連結が必要とされた。1960年代前半、信越本線長岡 – 新潟間・高崎 – 長野間・中央東線電化により首都圏から直通する長距離連続電化区間が完成し、電車急行列車を運転することが計画された。しかしいずれも連続急勾配が介在し、寒冷・多雪な気候条件の路線であり、153系ではこれらの路線には出力や耐寒能力不足で不適であった。1960年度には出力120 kWのMT909形主電動機が試作され、101系での試験を経て1962年に量産型のMT54形が完成した。また、主制御器も451系・471系で採用されたノッチ戻しが可能なCS15形を基本、157系で実用化された抑速ブレーキを組み合わせたCS15A形が開発された。これらの主電動機・主制御器を採用し、勾配・寒冷路線での運用に対応した直流急行形電車として1963年から運用を開始したのが165系である。165系の平坦・温暖路線用高出力形として163系の製造が計画されたが、系列集約を推進する見地から本格的な増備は見送られたため標準型として165系が多くの路線で運用された。169系–信越本線横川 – 軽井沢間専用補助機関車EF63形との間で最大12両までの協調運転を可能とした派生系列。1967年12月に試作車165系900番台を日本車輌で新製し新前橋電車区に配置し、試験の結果翌1968年 – 1969年に量産車が169系として製造された。167系に次ぐ系列として169系となったが、これ以降の横軽協調運転対応車は系列数字の末尾を9とする慣例が確立し、後に特急形電車では489系・189系が横軽協調運転対応車として落成した。

コメントする

目次