藤並駅は、和歌山県有田郡有田川町にある、JR西日本紀勢本線の駅。

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words=’紀勢本線の藤並駅でございます。かつては廃止された有田鉄道線との接続駅でございました。有田鉄道線の痕跡はどんどん無くなっております。駅のそばに先ほど有田川町鉄道公園で見た蒸気機関車D511085が保存されていましたが、それが有田川町鉄道公園へ移設されたのでございますね。有田鉄道線の廃止後、駅舎の建物も近代的なデザイン、更に橋上駅にリニューアルされたのでございますね。’
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コメント一覧 (1件)

  • Wikipediaから引用
    藤並駅(ふじなみえき)は、和歌山県有田郡有田川町大字明王寺(みょうじ)にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)紀勢本線(きのくに線)の駅である。かつては有田鉄道の有田鉄道線が当駅から出ていた。現在は特急「くろしお」の一部が停車する(主に新大阪〜白浜間を運転する停車型タイプ)。藤並駅の場所には、元来有田鉄道の路線が敷設されていたものの、ここに駅は無かった。紀勢西線が紀伊宮原駅から当駅までの延伸されたのを機に、当駅は1926年8月に開業した。有田鉄道は紀勢西線との接続を図って、同時に藤並駅を紀勢西線の駅の隣に開設したため、開業当初から有田鉄道との接続駅であった。第2次世界大戦で日本の敗色が強まると、2つの鉄道が湯浅と藤並の間で並存しているという状況が好ましくないとされ、1944年12月に、有田鉄道の藤並駅から湯浅駅を経て海岸駅までが「不要不急線」として休止され、その後1959年4月に正式に廃止された。一方で、有田鉄道は1950年4月に、当駅から紀伊湯浅駅(現在の湯浅駅)までの紀勢本線への乗り入れを開始した。しかし信楽高原鐵道列車衝突事故発生後の1992年12月1日に、有田鉄道は紀勢本線への乗り入れを中止した。さらに、2003年1月1日に有田鉄道は廃止された。2007年頃から駅舎の建て替え及びホームの延長、改良工事を開始した。2008年3月15日のダイヤ改正により当駅は特急停車駅に昇格し、新駅舎の使用も開始した。藤並駅は相対式ホーム2面2線を有する地上駅である。ただし分岐器や絶対信号機を持たないため、停留所に分類される。2008年に橋上駅となり、東西に出入り口ができ、東西両口は自由通路で連絡している。それ以前は和歌山方面行きホーム側(現在の西口側)に木造平屋建ての駅舎があり、反対側の御坊方面行きホームへは跨線橋で連絡していた。当駅は御坊駅が管理し、JR西日本メンテックが駅業務を受託する業務委託駅であったが、2021年7月1日に受託がJR西日本交通サービスに変更された。東口2階部分にみどりの券売機プラスと新型タッチパネル式券売機1台および改札口が設置されている。東西両側の1階に待合室が、東口2階にも展望待合スペースがある。東口の1階部分には有田川町観光案内所が設置されている。また有田川町では「絵本のまちおこし」を目指した取り組みを実施しており、その一環として、西口2階には入館無料のちいさな駅美術館 Ponte del Sognoが有り、主に童話絵本の原画を1ヶ月間区切りで展示している。なお、廃止された有田鉄道のレールが放置されていたものの、駅改良工事の際に撤去された。その後、切符売り場・ホーム・安全確認用ミラーも撤去された。これらの跡地は、東口の駅前広場、駐輪場、有田鉄道線跡を利用したサイクリングロードの一部などに活用されている。駅前にはカラクリ時計が設置されていたが、撤去された。また、かつては藤並駅の近くに蒸気機関車(D51 1085)が静態保存されていたものの、2010年2月に有田川町鉄道公園へ移設された。

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