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DoraNeko
東海道本線の根府川駅でございます。山と海に挟まれた斜面に敷設された複線電化区間にある単式島式複合型の2面3線、いわゆる国鉄型配線の地上駅となっております。駅舎は山側崖上に設置されており駅舎から水平に延びる上屋付きの跨線橋でホームと連絡しております。JR東日本管内の東海道本線の駅では唯一の無人駅となっております。
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東海道本線の根府川駅でございます。山と海に挟まれた斜面に敷設された複線電化区間にある単式島式複合型の2面3線、いわゆる国鉄型配線の地上駅となっております。駅舎は山側崖上に設置されており駅舎から水平に延びる上屋付きの跨線橋でホームと連絡しております。JR東日本管内の東海道本線の駅では唯一の無人駅となっております。
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コメント一覧 (1件)
Wikipediaから引用
根府川駅(ねぶかわえき)は、神奈川県小田原市根府川にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)東海道本線の駅である。関東の駅百選認定駅。1923年(大正12年)9月1日に関東大震災により地すべり(土石流ともいわれる)が発生し、当駅に進入中の真鶴行き下り列車(8両編成、乗客約150名)が客車2両を残して駅舎、ホームもろとも海中に没する。列車に乗車していた約110名とホームに居た二十数名の計約130名が死亡した。駅周辺の住民も多数死傷した。駅構内に残ったのは車止め一つだけだった。駅は翌年再建されたが、沖合の海底には当時のプラットホームが横たわっている。ホーム跡は漁礁のようになり、スキューバダイビングの潜水ポイントにもなっている。なお、ホーム跡にある駅名標は後に付けられたものである。この事故で娘を亡くした岡野喜太郎(スルガ銀行創業者)によって1932年(昭和7年)に真鶴駅寄りの海に面した場所に慰霊碑が設置され、1973年(昭和48年)には、改札横に根府川駅職員一同によって『関東大震災殉難碑』が設置された。2面3線のホームを有する地上駅。1番線は貨物列車専用のホームだったが1970年頃に撤去されたため、のりばは2番線から4番線となる。3番線は上下線共用の待避線である。高度差が大きいため(ホームの海抜は45メートル)、ホームはがけの下、駅舎はがけの上にある。ホームから上った跨線橋と同じ高さに木造駅舎がある。エスカレーターやエレベーターは設置されていない。駅舎内には乗車駅証明書発行機、簡易Suica改札機、自動券売機(早朝・深夜は稼働しない)、運行情報を伝えるモニターが設置されている。JR東日本管内の東海道本線では唯一の無人駅となっている。なお、当駅以西の東海道本線では愛知県の西小坂井駅まで200km以上にわたって無人駅が存在しないことになる。