船橋駅は、千葉県船橋市本町七丁目にある、JR東日本・東武鉄道の駅。

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総武本線と東武野田線が乗り入れる船橋駅でございます。新鎌ヶ谷駅から野田線の急行で移動して参りました。新鎌ヶ谷駅から船橋駅までノンストップでございます。いやはや便利になりましたですな~。駅周辺の再開発、特に京成線の高架化とペデストリアンデッキが整備されて、かつてのごちゃごちゃとしたイメージが完全に払しょくされましたですわ。若い頃からここに来る機会が多かったのでね~。

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  1. by DoraNeko

    Wikipediaから引用
    船橋駅(ふなばしえき)は、千葉県船橋市本町七丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東武鉄道の駅である。当駅は中核市最大の人口を誇る船橋市の中心駅であり、駅南側には市の中心市街地が広がる。西隣の西船橋駅と並ぶ千葉県内の鉄道交通の要所となっている。東日本旅客鉄道(JR東日本)の総武本線を走行する横須賀・総武快速線(総武線快速)、中央・総武緩行線(総武線各駅停車)、東武鉄道の東武野田線、接続路線である京成電鉄の京成本線、東葉高速鉄道の東葉高速線を含めると4社5路線が乗り入れている。周辺は駅が密集しており、相互乗換駅である京成電鉄の京成船橋駅を始め、大神宮下駅、海神駅、東葉高速鉄道の東海神駅、東武鉄道の新船橋駅が全て当駅から半径約1.5キロメートル圏内に位置している。1日の平均乗車人員は京成電鉄を合わせると565,536人であり、西船橋駅と共に千葉県屈指のターミナル駅として機能している。特に相互乗換駅である京成船橋駅(京成本線)との乗り換えに利用されることが多い。船橋市は県都「千葉」に対し商都「船橋」との形容もあり商業が盛んである。中世には海老川河口の港として、近世には佐倉街道(成田街道)、房総往還(千葉街道)・御成街道(東金街道)、成田山参拝客の休憩地としての交通の要所、宿場町「船橋宿」(間宿)として栄えた。近代になると、川端康成の書いた小説に『船橋は兵隊の町』と書かれている通り軍都「習志野」の近郊都市として、兵隊・軍属相手の産業が発達し、兵站物資の集積地・流通地として栄える。また、都市部では、東京の近郊都市として近代化が進み、電気・通信・交通・医療などの各方面のインフラが整備され、花輪や宮本などの海岸部には高級別荘地として山崎別荘(凌雲荘)が造成された。第二次世界大戦直後、戦災を免れた上に物資の集散地であったことから、闇市が隆盛を極め「日本の上海」という異名を持つ。これらの歴史的要因から、当駅は商都および交通の要所としての面影を現代に残している。駅からの主な動線整備としては駅北口および駅南口に各主要施設を結ぶ歩行者デッキ(ペデストリアンデッキ)が整備されており、大規模な駅前デッキ網として知られる。更に船橋駅南口再開発事業によって船橋駅南口駅ビル(シャポー船橋)の建設工事に合わせたペデストリアンデッキの延伸整備も行われた。駅周辺にはJR東日本ホテルメッツ船橋、船橋グランドホテルなどの宿泊施設があるため、ビジネス利用や観光拠点としても適している。当駅にはシャポー船橋、北口には東武百貨店、ビックカメラ、船橋ツインビル、イトーヨーカドーなどが立地しており、南口にはネクスト船橋、船橋フェイスビル、ビックカメラ船橋駅FACE店、ダイソーギガ船橋店(売り場面積国内最大)など駅周辺に百貨店・大型店舗が多数林立しているため、昼夜問わず多くの人で賑わい、千葉駅や柏駅周辺と並ぶ県内有数の繁華街となっている。駅周辺は船橋駅南口第一地区第一種市街地再開発事業のような都市再開発事業が進んでいる。JR東日本の総武本線と、東武鉄道の野田線が乗り入れ、接続駅となっている。

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